LOST DEITY

シャワーを浴び髪を乾かし終えた男が珈琲にウイスキーを垂らしながら渋谷でメタラーという女たちの社会現象があったことを口にだしつつそれとは違うのかと聞くと、懐かしい、それよ、その頃ストリートに出回ってたフリーペーパー「貴金属レポート」の元愛読者で今もギャルやってる子が先導してるブランドの愛称がメタルガールズなの、と答えながら夜にビジネスホテルでグスタフスベリ社のドイツ製珈琲カップを手にとって口をつける。男たちは自らの金属的不能に気づかず貴金属を女にプレゼントするようになったというメタラーの意見が資本主義社会に合致したのだという。つまり、と男がいう、男たちがメタルそのものであればお金を貴金属に費やす必要もないが現代社会の男たちではもはや望みが薄い、いまや代用としての貴金属自体さえ女たちがしぶしぶと製造し用意するようになったってことか、必然的商売だな。それを聞いて女が笑う、静かに。私は液体が好き。男がすぐにいう、からだに有害じゃない水銀が一時話題になってたのを思いだした、沈黙、おれは液体的不能なのか？　それからしばらく男と女が二人の時間へ。バリエーションなのよといって女が爪で男のペアリングをつつく。二人は今、男の仕事の都合で埼玉にいる。寝入る前、女がかつて一度だけ手にしたことのある「貴金属レポート」に思いを馳せる。あれは一体誰がどこの印刷所を経て発行したものだったのだろう。

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十年ほど前の記事――■呼吸可能ビニールの登場■東京は都庁を一望できるホテルで私たちは今、新趣向の性的感覚に心が踊らされています。それはとあるまったく縁のなさそうな開発の過程で発見されました。たまたまその開発に関わっていた人物が私たちと同じフェティシストであった偶然に感謝の気持ちで一杯です。それはもう一つの偶然と重なりあって生まれた産物です。呼吸可能ビニールを全身にまとったプレイにいそしむ同士たちを真横に見ながら私は今、窓から見える四つの月を視野に入れています。かつて（八十年代後半に）ムーントリップという流行がありました。およそ邪馬台国の時代から文献に現れる四つの月を用いた瞬間的な意識変革の儀式や行事でおなじみのあれです。月四易で精細な分析がなされています絶妙な並び位置のときに、現代科学によって具体的に明かされたことですが、遥か遠くの星雲からの特殊な放射線を導き入れることが知られているあれです。星雲の名前からとられたマゼランラディエーションを悪名高いサーストンファースト教授のクロたん超実数を用いた婉曲集中によって高密度に集めることでウルトラムーントリップを与えたＰＶＣの多次元化に成功させた素材こそ、マゼランラディエーションビニール、俗にいう呼吸可能ビニールなのです。この素材によるトータルエンクロージャースーツで全身を隙間なく覆ってしまえば慢性ムーントリップ状態を長時間維持することができ、呼吸可能に加え高度な吸飲装置（それはマゼラングッズで通販できます！）を併用すれば実に数週間と着用し続けられるのです。•–°º•´•¶•Û•ø°º§«•¿°º•∆•£°º•ﬁ•∂°º§Ú∞˚§Û§«§§§Î°£øÙ§®§≠§Ï§ §§øÙ§Œ •‹•»•Î§Œ «ÿ∏Â§´§È•¿°º•Ø•÷•Î°º§«æ»§È§µ§Ï∂—∞Ï§À
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青年は久しぶりに二つの瞳に街の様相を映す。長らく、歩いていても視ることのなかった代官山の風景だ。約四か月ぶりに専門店で皮膚の上を呼吸可能ビニールで覆ってもらいその代金を支払うが、それで財布の中身が危うくなったため、半年ぶりに臙脂色の髪の男に連絡を取って千代田区某高層マンションで落ちあう。そのふた回り離れた男がブラインドをあけて四つの月に照らされる。鍛えられた上半身。ガラスのはめ込まれた金属製テーブルの上に市松模様の施されたエキゾチックなグラスが置かれそこにシャンパンが注がれている。ネクタイだけ首にかけたまま上半身裸の姿で青いボクサーブリーフ一枚の青年に近寄って唇を噛み締めながらそのビニールの皮膚に指を這わせる。指先が溶け入ってしまうような感触と、ほどよい摩擦。勃起した男が興奮に突き動かされてビニール肌の青年を抱き締める。ブラインドラインに切り裂かれた四つの月光。男がビニールに包まれた青年の性器をブリーフのなかから取りだし、顔を近づけるようにしゃがむと先端部分に注意をやり、排泄口が開けられていないことに息を荒らげ、口で頬張り、徐々に硬くなるそれを舌で丁寧に刺激し、瞳を潤ませる。男の室内にはビニール肌の簡易清掃機器がありドイツ製の輸入皮革を使用したベッドの傍らに転がっている。顔の形状を変えることなくぴったりと貼りついたビニールのなかで冷たい瞳が動く。数時間経ち、ブラックスピネルが連なったクロスネックレスをつけている以外は全裸の男が照明の少ない革張りのベッドでビニール肌の青年を抱き締め柏色コロナサイズの葉巻の煙をくうに舞わせながら、最近巷でね、ミラーボーイズという男たちの話題で持ち切りなんだが知ってるか？　という。紀元前、古代バビロニアの王によるハンムラビ法典がルーツというのは有名な話だが目には目を歯には歯をという感覚に近い男の子たちの集団らしいね、与えられたストレスも悦びも狂いなく相手に返すことを信条として団結し、鏡を取り込んだネックレスその他の商品製作を生業としてるそうだ。一つの営利集団でもあるわけさ。しかしその信条がこの資本主義社会に通用するのか興味があるんでもし知りあいにいたら紹介してくれないかな。ビニール肌の青年がじっと冷たく男を見続け、俺のこと、今後由希くんて呼んでくれないかな、という。

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品川の事務所でＶはアーティストによるフォトデザイン数人分がプリントアウトされてまとめられた紙をテーブルの上に置いて自らの雑誌に専属で使える者がいるかどうかジャッジする。仕事にまつわる数冊の本が棚に並び、ウィンドウズとマッキントッシュが机上に並び、アシッドハウスがごっそりと収められたipodが用いられることによって緩いサウンドが室内で終始漂っている。その部屋はバスルームのすぐ隣にある。すぐにプレイに移れるように。一人の青年がきたことによって新境地が開かれたのだ。青年はもともと皮膚の上を呼吸可能のビニールで覆う性趣向を持っていたが、ある事件の余波を受け粘液状特殊ビニールによるメッシーにハマり、そのビニールメッシープレイという人類史上の未知を耳にしたフェティッシュ雑誌編集長のＶはすっかり虜となったのだ。奇妙ではあるが必然ともとれる運命。皮膚呼吸対応ビニールによるトータルエンクロージャーというかつての新趣向で特集を組んだ創刊準備号を発行したことで規模は小さいが海の向こうにまで駆け巡ったカルチャーへ、そのウェーブを受けたキッズの一人が今度は新鮮な文化の芽を持って訪れてくる。決して裕福とはいえないＶだがすぐさまバスタブをビニールメッシープレイに適した環境に整え、新発信の準備にとりかかる。彼が発行する雑誌「Lucid Edition」に貫かれている美学はブレーキを踏まないこと。インタビューのような話し言葉のページを別にしてだが過去形で終える文章を一切使わないテキスト方針、心象へのめり込むデザインは省き、暗くなく落ち着いた色調で統一、フェティッシュであってもファッションではなくプレイサイドに比重を置いた記事。四つの月の光が差し込む室内でキーを叩きながら青年の到来を待つ。その青年の話は異様だ。彼の名を、江口由希という。粘液状特殊ビニールが採取されるようになったのは二〇一一年三月、天高く伸びる超高層建造物が突如大阪に生まれてからであり、かつて日本全域にあったように大阪で天使が大量に降りしきるようになってからのことだ。この第二次天使落下現象では原子構造が確かに塩化ビニルの延長線上である体液を持った天使の落下が認められ、それがべちゃっと水溜まりを作った場所で青年はのたうち回らざるを得なかったのだ。それまでことあるごとに肌を覆わせていた高価な皮膚呼吸対応ビニールもすでに劣化して使い物にならなくなっていたために仕方なくそれをバスタブで脱ぎ棄てて欲求不満が溜まっていた矢先の出来事。この粘液状特殊ビニール、通称エンジェルティアーズはねっとりと肌を伝い興奮をもたらす。持ち上げた青年の腕をゆっくりとエンジェルティアーズが流れてときに固まりを成してぼたっと落下し、膝をも覆うそれのところまで落ちると層を成しながらじわじわ融合し、うねるようにスローモーションの低い波を生み、ほとんどないに等しい一連の流れを呼び起こす。その粘体流動を耳をすますように肌で感じる。青年の顔にもエンジェルティアーズは溜まり緩やかに動いていく。口へ鼻へ耳へ鈍足で流れ込んでいく。両目も被覆されているために視覚遮断が生じることで皮膚感覚が増す。三月に服を脱ぎ棄て突発的な性衝動で飛び込んだ水溜まり。白濁の沼のごときエンジェルティアーズのなかで恍惚とのたうち回りながら勃起状態にある青年。

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左手薬指に指輪を二つつけた男がブラックライトで照らされたシャンパンプレートのバーカウンターでダーティーマザーを飲んでいる。数えきれない数のボトルは背後からダークブルーで照らされ均一に並んでいる。黒いシャツを着た中華系とおぼしき若いマスターがグラスを丁寧に拭いている。緑のエージング塗装の壁面に薄暗くエレガントなコンポジションでデザインされた平面に近いオブジェが配列されている。九人ほど座れるカウンターの他にも空間から少しばかり独立して構成されたボックス席が二つあり、指輪の男の他に一人ずつ三名が緊張感のある静かな時間を過ごしている。一人の女がアクリルのようなドアを開いて侵入してくる。およそヒーリングに近いダークアンビエントが微かな彼女の足音を掻き消す。迷うことなく左手薬指に指輪をはめた男のもとまで歩くと隣に腰掛ける。落ち着いた声で赤ワインをグラスで頼む。若い中華系のマスターがワインのボトルを、と、男の指輪が二つ、すぐ手前の明かりに照らされ、ゴールドに光る。首元のチョーカーに埋め込まれた小さな宝石も純金で二つ。ちらっと目線を男に向けたまま女が赤い液体を舐める。マスターの位置が遠のく。それが合図であるかのように男が、まるで何度も口にしてきたかのような流暢さで独り言のようではなく間違いなく女に向けて、五年間結婚生活を送ったことがある、うまくいくような気がしていたけど最初から最後までお互いに焦りすぎてたんだ、と話し始める。女の瞳は潤んでいる。指輪を照らす小さな明かりによって男は逆光のごとく黒いシルエットに包まれているが、女を含めてブラックライトがカウンター全体を包み込んでいて、他に三人いたはずの男性客がいつしか二人に減っている。ダーティーマザーの入ったグラスが持ち上がりそれに口をつける。男が席を立って二人分の料金を置いて立ち去る。そうして一人ドアを開けて出ていった男の上に突然タウ型の十字架が立つ。ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ¿ƒ«Ø§¨ª˛¿ﬁ¡¥ø»§Ú•”•À°º•Î≤√π©§π§Î§Œ §Œ •”•À°º•Î•’•ß•∆•£•∑ •π•»§ø§¡§Ú¥Ó§–§ª§Î§ø§·§«§Œ § §§°£§≥§Œ ∏Ωº¬§Œ ¿§≥¶§«º´∏ …æ≤¡§´§Èº´ø»§Œ •”•À°º•Î§Œ §Ë§¶§ §‚§Œ §¿§»πÕ§®§∆§§§Î§´§È§¿°£§Ê§®§ÀÀ‹ÕË§Œ ª— §«§¢§È§Û§»§π§Î¥ÍÀæ§´§ÈæØ§∑ §«§‚∂·§≈§≥§¶§»ＴＴＴＴＴＴＴＴ月食で赤く浮かぶ月が四つ。京橋の川岸に建つホテルでショートカットの女をベッドに残したまま赤く差し込む窓際に腰掛けた指輪の男がオンザロックでウイスキーを舐めている。薬指には純金のペアリングが二つとも嵌められている。女がベッドから這い降りゆっくりと立ち上がり窓際へ近寄り赤く染まる。男が腰をかがめて女に口づけをする。その数日後に同じ男女が伊豆の旅館にいる。日の沈む駿河湾を二面の窓から展望できる客室内の露天風呂につかって静かに会話をしている。ガラス越しに見える畳の上に浴衣が脱ぎ散らかされている。だが、半年もすると二人の思い出に満ちた関係は終わり、タウ型の十字架が立つ。数週間後、男が品のいい女と尾道の川辺にあるベンチで腰掛けてお茶を飲みながら楽しそうに笑っている。だが、世界は簡単に壊れる。それも唐突に。数日後、明石海峡大橋を頭上に置いて指輪の男がまるで何度も口にしてきたかのような流暢さで独り言のようではなく間違いなく女に向けて、話し続ける。何年経っただろう。だが指輪の男は明るい陽光と紺碧の海を嗜みながら野性的な女に膝枕してもらって下らない話をし桂浜の小さな人影を遠目に視、抱き締めあって倒れ込み、順繰りにテーブルへ置かれていく郷土料理を丁寧に食しながら透明な酒に口をつけ取りだした煙草に火をつける。およそ食べるものもなくなった頃合いに女が箸を伸ばし指輪の男の純金が二つ埋め込まれた細いチョーカーをつまむ。男の背が二十度ほど傾く。女の浴衣がはだける。その女が、東京の日本橋で自らの奇妙な人生の断片を語ったとき、男が何度も口にしてきたかのような流暢さで独り言のようではなく間違いなく女に向けて、きっと、夢によって現実化、物語化されたのさ、似たような日々を送っている、二人で、天国へ行けるよ、俺たちは生き甲斐を失ってから久しい者同士だったのさ。何度も何度も、燃え上がり、だが、タウ型の十字架が立つ。その数も闇に消える。ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ √À§À°¢≤∂§Œ §≥§»°¢§≥§Ï§´§ÈÕ≥¥ı§Ø§Û§ §§§ƒ§¿§√§ø§´§≥§Œ ¿§≥¶§À§Œ ≈∑ ª»§¨¬ÁŒ ÃÕÓ≤º§∑ §∆§≠§ø§È§∑ §§°£ §Ω§Œ ¿Æ∆∏∆§Û§«§Ø§Ï§ §§§´§ °¢§»§§§¶°£ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ
男が車を運転しながら、きみと会えてよかったよ、という。今は素直にそう感じるんだ、美化されてるんじゃなく、思い出として美しく感じる、俺はとても自分本位だよ、別れないか、もう俺は誰とも縛りあうようにつきあうことはしないつもりだ。女は、黙り込んでいる。男の上にタウ十字が立つ。場面が変わり、自室で男が仕事の書類作成に時を注ぎ込んでいる。珈琲を煎れる。男が練った企画も終了すれば結局会社にとって一時の異変でしかなくなにもなかったようにこれまで通りのシステムに乗っとってその会社は進行していくのだろう。タウ十字が立った直後、残像が生じ、モニターからモニターへ飛び交う意識に吸収される。左手薬指に指輪のあとが二つある。背には数えきれないほどタウ十字の刻印がある。左手薬指に指輪を二つつけた男が出会って数週間、親しくなって二週間の女に別れを告げている。切り上げるなら今だ、きみのことを俺はまだ少し好きだ、きみも、きっとそうなんだと思う、だからしばらく会わない方がいい。焼けるような川辺にある穏やかな地中海レストラン近く、枯葉の敷き詰まった並木道で女に背を向けて立ち去る。女が追ってくることはない。数十秒たち、女の視界からついに男が消え去った時、男の上に突然タウ型の十字架が立つ。男の左手で純金のペアリングが光っている。また同時月食だ。四つの赤い月に照らされている。男が新幹線で出張先へ向かっている。仕事に関連した専門書を読み続けている。出会う女、出会う女、皆、俺を失望させる、と男が本の片隅に書き込む。そのページを一時間後に破って棄てる。

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ある青年はかつて何らかの命に火を灯していただろう　その火に群れる虫のごとく少人数の集まりが生じ　青年の青い火に対してピンクの火を灯す者が現れ　紫の火を灯す者が現れ　やがて少人数の集まりが複数重なりあい　遠くから双眼鏡で眺めれば色とりどりの大きな集まりに見えただろう　だが世界から見ればその集まりはとても小さく　それは外貨によって形成された資本主義社会であり一人一人抜けていくうちに群雄割拠が起こり　いくつかの恋のいざこざを生みながら退廃を増長させ　消えた　それと同時にある青年は部屋に閉じこもるようになる　火を灯すべき命　その魂はかたちだけのものとなり　そのとき現れたのだ　長年見ていなかったテレビをつけていたときにそのモニターから二つの指輪のあとがある男がそして　きみは江口由希クンだねと名づけられ　青年は江口由希となった　だがこの江口由希は失敗だ　だから過去形で閉じられたのである　この江口由希は曲がり角で車にはねられ入院し　ふいに正気に戻ったかのように自分の名前を思いだす　俺は、本庄唖弓だ。入院中かつての仲間たちが数人だけ見舞いにきてくれて、唖弓くんと呼ばれたときに頬をはたかれたように覚醒したのだ。いったいどれくらい江口由希でいただろう、あのモニターから現れた男は江口由希でいた間に幾たびも俺の前に現れ、ハワイへ行け、と言っていたが、あれこれと自身に言い訳を作りながら結果行かなかったことを振り返っても絶対後悔しない。なぜハワイ？　恐怖で顔が青ざめる。青年はそれから真っ当な日々を送る。退院後、とても若い集まり、オレンジ色の火を灯す者たちを紹介され、かつてとは何かが違うがどこか同じ匂いのする懐かしさに苦しくなる。と、隣の旧友が、唖弓くんは今こうして私たちが普通にあるものと感じとっている文化の火つけ役だったんだからと皆の前で自慢げに語りだして心が痛くなる。そのとき、そうした人間的痛みに気づく。それこそが懐かしさの正体だ。簡単なことではない。江口由希としての何年かに及ぶ記憶がすっぽりと抜けていく。だが、江口由希でいた頃はそれ以前の記憶が逆に抜けていただろう。座りの悪さを感じながらそのことを口にはださず集まった皆で四つの月に照らされ賑やかな歓楽街の裏通りを歩く。
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とある青年が池袋を歩く。光彩がきつくそこを歩く者はサングラスのような両目を守るためのモノが必須でその青年もまた例外ではない。ハワイで購入したサングラス。スリムなフォルムでカラーは黒で統一されている。線路沿いのハッテン場へ入場しタイプのからだつきをした男を発見し静かに追う。発見した男の肩にタトゥーが入っている。からだの線は細いが鍛えられていて無駄な贅肉がない。アンダーウェアのなかで半勃ちになったモノを抱えながら青年は奇妙な感動を覚えている。まるでアートのようだ、とからだに魅入ってしまう。これまで数多くの男と性的な関係を持ってきたにも関わらず、今回のターゲットの男のからだは別格としかいいようがない。通路の角でそっとその男の手に触れて、アプローチをかける。そのすぐ直後だ、鍵がかけられた暗闇の個室。パッションに導かれて抱きあう二人。その真横に、一人の男が立っている。そして、なにをしてるんだ、由希、おまえは先日送ったばかりの小説の続きを一刻も早く読まなきゃいけないのに！　ふいに現れて話しかけてきたダークスーツの男の左手薬指に指輪のあとが二つある。由希と呼ばれた青年の左手薬指には、オーバーレイで蛇が描かれたシルバー９２５の指輪。セックスに励みながら心のなかで現れた男にいう、日本に戻ってきてからどこからともなく現れるようになったな、佐伯！　青年はバイセクシュアルで、ハッテン場でSNSで掲示板で公共区域で男を漁り、パーティーやバーや路上で女を探しイベントやビデオボックスや映画館で女装子を食う日々を酸素を吸うように送り続ける。二十代半ばで、からだを売ることで収入を得る。全身に見えない￥が刻まれて久しい。だが、気にせず涼し気なドリンクを喉に流し込みシルバーリングを坦々と磨く。月が四つ照り輝く池袋の夜は毎夜色を変える二色刷りに垂れ込める。西口公園は東西に伸びる線路の北に位置し、青年はそこから少し離れた某マンションの一室で大量にプリントアウトされた紙束の上で寝そべる。時折なにかの弾みで手に入る携帯電話に佐伯俊之という署名入で送られてくる添付ファイルの画像にはどれも小説が写されていて届くたびにパソコンへ送信し、印刷する。送られてくる小説のなかにはまだ完結していない長編小説が一編あり、タイトルは「鉄塔周辺」作者名は西村清文。携帯がちかちかしているがマナーモード。汗だくで舌を絡める。壁に鉄塔の写真。「由希、時間が迫ってきている。早く読むんだ――佐伯俊之」というメールが届く。大阪では天高く伸びる建築物を中心に大量の天使が。
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いつだったかこの世界には天使が大量落下していたらしい。その成分があまりにも未知であったためにそのまま受け入れると相対性理論騒ぎどころですらなくなる危機に陥ってしまうため天使の研究は厳密に秘密裏に行われたが、平行宇宙を前提とした瞬間の亀裂によって別次元から舞い込んできたものとする仮定が有力となっている。天使たちは落下点にいた多くの男たちに吸収されただろう。天使を取り込んだ男たちの行く末は極端にも二つに分かれ一方は突如活発になり後世に大きな貢献を残したが、他方のより多くの男たちはおよそ怠惰になり自ら早く死ぬ者もいたようだ。生き残った者たちは無気力だった時期の記憶をおおよそ失っていてそれを天使期間（エンジェルタイム）と呼ぶようになる。新大久保というコリアンタウンの一角にある喫茶店で天使会合が。その会員全員がときに傷を舐めあいときに失われた過去を振り返りあいときに大量天使落下を手がかりとして真の世界構造にまつわる謎を解くべく情報交換と議論を繰り返している。喫茶店に窓はなく壁には書棚がぎっしり置かれ自由に本を読むことができる。書棚の二つが契約によって脱天使派に開かれそこに膨大な文献が並べられている。古今東西天使にまつわる書物が集められ、大量天使落下に関する記録書が集められ、正統派の科学書からオカルト、ファンタジーまで分類され二つの書棚に置かれている。半年から数年間に渡って天使期間という記憶から失われた過去を持つ彼らに共通する関心事は自由意志の問題である。現在二六人、離脱したり亡くなったりした者も含めるなら百人弱、彼らは天使期間を終えた直後の心境を回想し口々に同じことを述べている。人間は魂がなくても生きていけるのだ、と。では、天使期間を終えた彼らに魂は戻ってきたのか。数回の議論の末に彼らは天使期間直後から数週間までの状態について次のようにまとめている。まず、幽体離脱のような乖離状態を生きる。その間になされることは魂の再創造である（人工ソウルの構築といわれる）。人工ソウルは借り物の寄せ集めであったり信仰であったりするが、構築の開始から定着に至るまでの数週間が最も危険な時期である（失敗したときに命をなくした者が大勢いたという報告がファイリングされている）。定着後もおおよそ不安定であるが、それは生のための目標を天使との融合によって生じた魂消失という事件の際になくしてしまっているからであり、そこから、天使融合が何を被融合者にもたらしたのかの推測がなされている。先に述べたように天使融合によって活発化し、大きな目標を成し遂げた者たちもいるのである。可能性として挙げられるのは、被融合者が持っていたであろう人生の目標が融合時に天使によって結論されたのではないかというものである。下ったジャッジが正であった場合その者は自信を持って目標を成し遂げるのみであり（ただし成功した被融合者とのコンタクトがとれないためこれは推測の範囲内となる）、逆に否であった場合は魂もろとも自由意志を失った状態で偶然性と慣性に委ねられただけの時を過ごすことになるだろう（これも記憶喪失状態であるため身近な第三者の声を頼りに推測された仮説の域を出ないのだが）。出会い系掲示板から始まり様々な手段でネットワークを広げて築かれた脱天使派（ポストエンジェリスト）は、その実際に天使を脱したという共通の経験を礎に、真の世界構造を知るという大きな目標を掲げ協力しあうなかで生き延びることを願った集まりなのである（ただし既存の信仰によって魂の補完をした者はじきに離脱しただろう）。不思議なことに脱天使派は全員バイセクシュアルで、会合ののちに新大久保の一室（エンジェルルーム）によって乱交が始まる。そんな彼らが個々のプラベート以外で新宿二丁目まで歩くことはない。

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オワフ島から池袋の自室へ帰ってきた江口由希が、アートのようにすら思えるからだの男を何度も呼びだしセックスに励んでいる。タトゥーを舌で舐めて勃起した性器同士を重ねあわせながらきつく抱き締めあい射精する。江口由希のからだは焼けてもなく鍛えられているわけでもなく、かといってだらしなく脂肪があるわけでもなく、また、相手の男のようにタトゥーが入っているわけでもない。一通り行為が終わるとキッチンで煎れた珈琲を手渡し窓際で陽射しを受けながらシルバー９２５の指輪を磨く。その部屋にはプリントアウトされた鉄塔の写真が大きく壁に貼られ、ベッドの下には大量の小説がプリントアウトされた紙束が散らばっている。最も長い小説「鉄塔周辺」を彼はオワフ島から成田空港まで、そしてこの自室で、第四章まで読み終えているが、いまだ第五章には手をつけていない。小説というものを読む必然性が江口由希には分からない。ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ …‘ª◊µƒ§ §≥§»§À√¶≈∑ ª»«…§Œ ¡¥∞˜•–•§•ª•Ø•∑ •Â•¢•Î§«°¢≤ÒπÁ§Œ §Œ §¡§Àø∑ ¬Áµ◊ ›§Œ ∞Ïºº° •®•Û•∏•ß•Î•Î°º•‡°À§À§Ë§√§∆Õ∏Ú§¨ªŒ §ﬁ§Î°£»‡§È§¨∏ƒ°π§Œ •◊•È•Ÿ°º•»∞ ≥∞§«ø∑ Ω…∆Û√˙Ã‹§ﬁ§« ‚§Ø§≥§»§Œ § §§°£ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ夕方。二人がバスルームで泡をたててじゃれあっている　指輪のある男の表情は冷たいにもかかわらずからだへの求愛色を帯びているためかどこか切ない　タトゥーのある男のきれいな瞳と少しすました笑みを浮かべる口元　人種を越えた交流社会での経験からつけ加えられたしたたかさのはざまで守られたあどけなさ　重なる腕　水中で脚やふとももが触れあう　二人は半勃ちよりも少しやわらかい　広めのバスルーム　笑みから漏れる声の反響　男が額を相手の額にくっつけ　突然右手を抱き締めるように背後へ滑らせ　タトゥーの男の背中を撫でつつ弾力のある引き締まった尻へ　揉みながら指を狭間にある敏感な個所へ　次第に色がつけ加わる声　しがみつきながら声を強く　官能的に震え　肌を感じ　ときおりキス　人差し指と中指をタトゥーの男のミディアムの髪がかかった耳に沿わせ　バスタブは白く冷たい　両手でバスタブの脇にしがみつくタトゥーの男は両脚を広げさせられ泡に覆われた湯船に沈む　尻から持ち上げさせられてジャバッという音とともにからだがあらわになり　唾でぬめらせた指が少しずつ穴の周辺からその奥へ　ほぐすように　顎を持ち上げたり首を振ったりしながら強められていく男の吐息　部屋に戻ると携帯電話のランプが点灯していたが、それを気にかけることなく指輪の男がタオルでからだをふきながら裸のままで小さな棚の引き出しを開けて性交用のゴムをとりだす。相手が裸のままベッドで横たわっている。外はすでに暗い。すぐに上に乗り上がり片手でつかみ指でその濡れた先端に触れ唇と唇のキスをし相手の乳首をやさしく舐める。ベッドの下でちらちらと見える小説の紙束。タトゥーの男がゴム越しに性器を感じとりながら喘ぎ、涙を浮かべ、快感の果てへ。正常位で腰をふり続けながら耳元に口を近づけヤバいよ、と言いながら息を荒らげるシルバー９２５の男が相手の胸板をさすりながらときに乳首に触れ首もとをそっとさすり相手の半勃ちに戻っていたところを撫で強くからだを重ね抱き締める。小瓶をだしてふたを回し外すと鼻のそばに近づけてなかの液体からのぼってくる気体が吸われていくのを眺め、小瓶を脇に置くとさらに激しく腰をふり相手のからだをさすり続ける。まるで糸の切れた凧のような気持ちで固くなったモノが突いてくるのを感じるほど近い指輪の男を、抱き締めて飛ぶ、気がつくと数分間、意識を失い喘ぎ続ける。突然抜かれたソレからゴムが取り除かれ一緒に熱くしごかれて血液が内側で流れ、いつの間にか弾けんばかりに固くなったその上部に精液がほとばしる。アァ、アァ、と声をあげていて、目を見開き、ゼェゼェいっている。倒れ込むように抱きつき、数秒後、男の固くなっていたそれをしごきはじめる。舌を這わせ口にふくみ時が加速して精液が乗ったその上に射精し切ない声をあげながら瞳を潤ませ髪が撫でられる。ベッドの端に使用済みのゴムが転がっている。

タトゥーの男の裸体を抱き寄せながらその肌を指先で丁寧になぞる。皮膚は小説などよりも遥かに有意義な読書だと。

きめ細やかな皮膚から読みとるスクアレン皮脂。卓越した技術で刻まれるヴィジョナリーなタトゥー。
読み解けばその男がいる。この過程に一切複雑な言葉はない。

生活まで越境したポルノグラフィ。

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吹きすさぶ丘陵　大雪が大地を　ある一人の男が星空のプラネタリウムならぬ地球儀の部屋でセルフプレイに励んでいる　世界地図はぐるぐる回り　各国に一体ずつ性的シンボルがこの男によって造形されていて　次々とそのシンボルと裸体が重ねあわされ　男は勃起した男根を握りしめる　早死にした両親と残された豪邸と多額の遺産と誰一人いない恋人　五時間が荘厳としたＢＧＭのなかで　たった一瞬の精液のために　四十五度の亀裂と三十二度の幻想　男がドアを開けて世界に背を向けると長いラテックス製の絨毯が中央で通路を示した大広間　上方の窓が幾つも開いていて雪が舞い込んでいる　吐く息は白い　テーブル脇の椅子にかけられていた黒いフードを素肌の上に着込み　男がタウ十字の間へ歩む　世界地図と性的シンボルの造形に心惹かれ　訪ねてくる者が月に数人はいる　その数には波があり　ときには数週間誰もこないときもある　だが遺産に溺れて呼吸を行う男の心をぶれさせることはない　外界から切り離された小宇宙　衛星なく　セルフプレイと　多大なときが費やされるタウ十字の間により　時空が歪められる　装飾品なく　動植物もなく　世界が遠ざかっていく　同時月食で世界が隅々まで赤い夜、左手薬指に指輪のあとが二つあるダークスーツの男が一人の男を前に、背中に数多く刻まれるタウ十字を抱えながら、その男はある専門学校の授業中に人間違いで江口由希と呼ばれただろう、だから降り立ったのだその男の前に、だが、黒いフードの男が現れる、そして世界が滅ぶ、こうして何度も次元の狭間が消滅していく、左手薬指に指輪のあとが二つあるタウ十字の男の死、だが、どこかでまたタウ型の十字架がとある男の上に立つ、左手薬指には純金のペアリングが二つ、そして、指輪のあとが二つあるダークスーツの男がまだ消滅していない次元の狭間に現れる、テレビがデジタルへ移行する前はテレビモニターからテレビモニターへ飛び移り、まるで象徴であるかのように繰り返し、背中のタウ十字は百を越え、その数だけ江口由希と呼ばれた経験のある人物を探しだし改めて名づけることでその刻印を消していかなければならないが、世界が滅ぶごとに十字架はすべて復活する、一方でペアリングの男が新たな恋愛をしている、やがてそれが崩れる、同時に突然男の上にタウ十字が立ち、指輪のあとがある男の背にさらなる十字が、やがて四つの月が同時に月食となり、黒いフードの男が次元の狭間に現れる。

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あるとき、新大久保の一室（エンジェルルーム）に集まる脱天使派すべてが江口由希となる。一斉に消える背中の十字架
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純金のペアリングの男がその直後九十九里浜にある宿泊施設で太平洋を一望しながら女にいう、とても気分がいいんだ、どうしたんだろう。窓際のベッドに腰掛けてガウン姿で女を抱いている。首元には純金が二つ埋め込まれた細いチョーカー。女もガウン姿。黒の下着をはいている。メイクは落としていない。ケラチンパーマのかかった肩下まである髪が濡れている。大きく柔らかい胸。淡いピンクで爪先にだけラメの入った指先がそっと絡みつくように男の細い指へ。男の凛とした黒い瞳。前に聞かれたよね、どうしてペアリングを薬指に二つとも嵌めてるのか、それは、一度離婚経験を持ってるからだ、辛い体験でそれ以来、次元を飛び越える夢を見る、きみも前に話してくれたよね、十代の頃に家を飛びだし資本主義社会の成功者である高齢のサディストたちからありとあらゆるマゾヒスティックな行為を迫られながらお金を得ることに嫌気がさして整形したあと人生を一度清算してしまったって。俺たちは似てると思うんだよ、きっと、一緒に天国へ行けるよ。二人は別の日に四国を旅している。洞窟に入り、坂本龍馬の像の前で写真を撮り、寺を巡る。スイートルームのプールで全裸で泳ぎあう。未来は輝かしいもののように思われたが、それも終わる。女が両目に大粒の涙をためている。男が去り、女の視界から消えたとき、男の上にタウ型の十字架が立つ。男はある程度若返り、時間も遡り、職種も代わり、ただ、記憶と名前と装飾品だけを残し日本のどこかで復活する。焦げた十字架のような匂いがする。ブラインドを開けると四つの月。男が何年ぶりかの大阪に立つ。より一層近代化が進む大阪駅を取り囲む建築物の一つをのぼり、南東に聳えたつ超高層建造物を初めてその目に入れる。太陽光線でペアリングが光る。男はかつて天使が大量に降り続いた光景を視たことがある。またその時期がきたのなら、大阪のどこか高級ホテルで女とそれを見ながらシャンパンでも飲むのもいいかもしれないと思う。ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ§Ø°°•ª•Î•’•◊•Ï•§§»°°¬ø¬Á§ §»§≠§¨»Ò§‰§µ§Ï§Î•ø•¶ΩΩª˙§Œ ¥÷§À§Ë§Í°°ª˛∂ı§¨Œ ƒ§·§È§Ï§Î°°¡ıæ˛… § §Ø°°∆∞ø¢ ™§‚§ §Ø ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ

Ｖが雑誌「Lucid Edition」の事務所で次号特集ページのレイアウトに打ち込んでいる。ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ

江口由希が撮影スタジオでモデルの女とエンジェルティアーズによって可能になったビニールメッシープレイを繰り広げている。雑誌「Lucid Edition」の次号の特集記事のために編集長であるＶの指示のもとで優秀な撮影チームが新しいプレイをいかに読者へ伝えるか試行錯誤をしながらテクニカルに二人のリアルなプレイを記録していく。とろとろと肌を伝うビニール。じんわり滴り落ちる。恍惚とした天使の効果。どちらの腕なのかも分からないまま間で膜を張りあう。皮膚で流れるビニールの上をさらに流れるビニール。積み重なるビニール。一体化して混ざりあう二人。白濁のエンジェルティアーズＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ •‚•À•ø°º∆‚§Œ ¿§≥¶§Œ øÃÃ§¿ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ÕÕ°π§ πæ∏˝Õ≥¥ı§¨∏Ω§Ï§∆§Œ æ√§®§∆§§§√§ø§¿§Ì§¶ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ≤∂§ÀÃæ§≈§±§È§Ï§øº‘§‚§§§Ï§–¬æ§Œ √Ø§´§ÀÃæ§≈§±§È§Ï§øº‘§‚§§§Î°°≈∑ ª»§ÀºË§Íÿ·§´§Ï§øº‘§‚§§§Î§¿§Ì§¶ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ §¿§¨¥ˆ§Èæ√§∑ §∆§‚•ø•¶∑ ø§Œ ΩΩª˙§¨«ÿ√Ê§À¡˝§®§∆§§§Ø°°¥ˆ§Èæ√§∑ §∆§‚ƒ…§§±€§ª§ §§°°≤ø«Ø§‚°°≤ø«Ø§‚°°¬≥§ØＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ •Œ •Ô•§§À√©§Í√Â§§§øπæ∏˝Õ≥¥ı§‚§§§Î ＴＴＴＴＴＴＴ •Œ •Ô•§§«¿∏§ﬁ§Ï§øπæ∏˝Õ≥¥ı§‚ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ¿§≥¶§¨±Û§∂§´§√§∆§§§ØＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ∫£ÃÎ§‚§ﬁ§ø•ø•¶∑ ø§Œ ΩΩª˙≤Õ§¨Œ ©§¡°¢§Ω§Ï§¨≤∂§Œ «ÿ§ÀπÔ∞ı§Ú°£ §Ω§Œ §»§≠≤∂§Œ ¡∞§Àπı§§•’°º•…§Œ √À§¨∏Ω§Ï§Î°°§…§¶§‰§√§∆§≥§Œ º°∏µ§Œ ∂π¥÷§À°™°© §ﬁ§ø°¢∆±ª˛∑ Óø©§¿°™°°¿§≥¶§¨¿÷§§°™ ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ次の撮影は一週間後だという。シャワーを浴び終えた江口由希が控え室でからだに付着したしずくの数々をバスタオルでふいているその二メートル先にモデルの女が全裸のまま同じようにしてからだに付着したしずくの数々をバスタオルでふいている。枝のように細いからだをしているが病的には見えない。目には薄い赤のカラーコンタクト。耳にピアスをつけていく。整えられた薄いヘア。少しだけ膨らんだ胸。モデル名をリリィという。一週間後の撮影ではＭＲＶ（マゼランラディエーションビニール）スーツを着合った状態でのビニールメッシープレイを試みると二人は聞いている。江口由希はあの高価な呼吸可能ビニールを資本主義社会での成功者である年輩男性たちにからだを売ることなく着用できることにときめいている。一週間後の撮影までずっと着用していたいので控え室で服を着ることなく待っている。女は下着をつけながらひんやりとした声で、アレの何がいいの、と聞く。彼の表情を注意深く観察しながら、着てないと少しの風でからだが吹き飛びそうなのね、という。その女に冷たい視線をやり、キミも一週間着てみると分かるよと答える。少し勘違いしていた、キミはここの専属モデルじゃないんだね、そう吐き棄てる。女が、貴方に興味があって依頼を受けたのよ、という。着替え終わったリリィが去っていったあと一人になった江口由希が　早く、早くＭＲＶスーツを着たい　背後に男の気配を感じる　指輪のあとが二つある男がゆっくり彼の背後で横切るように歩いている　由希、きみは一刻も早く手渡した写真にうつされた鉄塔を探しだし、そこへ行かなければならないのに§¢§Î¿ƒ«Ø§Œ §´§ƒ§∆≤ø§È§´§Œ Ãø§À≤–§Ú≈Ù§∑ §∆§§§ø§¿§Ì§¶ §Ω§Œ ≤–§À∑ ≤§Ï§Î√Ó§Œ §¥§»§ØæØøÕøÙ§Œ Ω∏§ﬁ§Í§¨¿∏§∏°°¿ƒ«Ø§Œ ¿ƒ§§≤–§À¬–§∑ §∆•‘•Û•Ø§Œ ≤–§Ú≈Ù§πº‘§¨∏Ω§Ï°°ªÁ§Œ ≤–§Ú≈Ù§πº‘§¨∏Ω§Ï §‰§¨§∆æØøÕøÙ§Œ Ω∏§ﬁ§Í§¨ £øÙΩ≈§ §Í§¢§§°°±Û§Ø§´§È¡–¥„∂¿§«ƒØ§·§Ï§–øß§»§Í§…§Í§Œ ¬Á§≠§ Ω∏§ﬁ§Í§À∏´§®§ø§¿§Ì§¶ §¿§¨¿§≥¶§´§È∏´§Ï§–§Ω§Œ Ω∏§ﬁ§Í§Œ §»§∆§‚æÆ§µ§Ø°°§Ω§Ï§Œ ≥∞≤ﬂ§À§Ë§√§∆∑ ¡¿Æ§µ§Ï§øªÒÀ‹ºÁµ¡º“≤Ò§«§¢§Í £±øÕ£±øÕ»¥§±§∆§§§Ø§¶§¡§À∑ ≤Õ∫≥‰µÚ§¨µØ§≥§Í §§§Ø§ƒ§´§Œ Œ ¯§Œ §§§∂§≥§∂§¨ £øÙ§Œ ∑ Í∑ ªƒÔ§Ú¿∏§ﬂ§ §¨§È¬‡«—§Ú¡˝ƒπ§µ§ª æ√§®§ø §Ω§Ï§»∆±ª˛§À§¢§Î¿ƒ«Ø§Œ …Ù≤∞§À ƒ§∏§≥§‚§Î§Ë§¶§À§ §Î ≤–§Ú≈Ù§π§Ÿ§≠Ãø°°§Ω§Œ ∫≤§Œ §´§ø§¡§¿§±§Œ §‚§Œ §»§ §Í §Ω§Œ §»§≠∏Ω§Ï§ø§Œ §¿°°ƒπ«Ø∏´§∆§§§ §´§√§ø•∆•Ï•”§Ú§ƒ§±§∆§§§ø§»§≠§À§Ω§Œ •‚•À•ø°º§´§È£≤§ƒ§Œ ªÿŒ ÿ§Œ §¢§»§¨§¢§Î√À§¨§Ω§∑ §∆ §≠§ﬂ§Œ πæ∏˝Õ≥¥ı•Ø•Û§¿§Õ§»Ãæ§≈§±§È§Ï ¿ƒ«Ø§Œ πæ∏˝Õ≥¥ı§»§ §√§ø §¿§¨§≥§Œ πæ∏˝Õ≥¥ı§Œ º∫«‘§¿°°§¿§´§È≤·µÓ∑ ¡§« ƒ§∏§È§Ï§ø§Œ §«§¢§Î°°§≥§Œ πæ∏˝Õ≥¥ı§Œ ∂ §¨§Í≥—§«º÷§À§Œ §Õ§È§Ï∆˛±°§∑ °°§’§§§À¿µµ§§ÀÃ·§√§ø§´§Œ §Ë§¶§Àº´

二〇一一年三月、大阪市内全域に分厚い長い影を落とす高層建造物が一夜にして生まれる。頂上は成層圏の霧に隠れて見えず外壁は鉄のように光る漆黒で入り口はなく、なぜかメディアが話題にすることはなくその建造物に侵入したという報告もなく厳重な警備の一切もなく、不穏な推測が世間に蔓延るようになる、世界は滅ばざるを得ない、と。同時に天使の大量落下が始まる。十年以上前にもその落下現象があり、天使は地にすうっと降り立ってはゆらゆらと揺れる、誰かと同化するケースもあったが大方は消滅していく、だが、二〇一一年三月の天使はべちゃっと白濁の液体を残して弾ける数が目立つ。超高層建造物の巨大な影は早朝西へ伸びて心斎橋筋運河とのクロスを描く。まるで神の墓標のようだ。ある三月の前日まで大阪はいつもと変わらない日常がとろりと覆いかぶさっていたが、その幾らかの住宅地が一夜で飲み込まれ、そこに住んでいた者たちの親類の数々が徐々に怒りを携え訪れるようになる。インターネットでこの件を知って東京から新幹線でやってきた女が超高層建造物を呆然と見上げている。歩くと一時間以上かかるだろうその外壁をたどる気にはならない。訪れてくる多くの者たちと同様ただその重苦しい鉄のような壁面が天まで続く情景に放心しながら灼熱の焔が心のなかで小さく生まれては弾けるばかりで、やがて天使が降り始めると人々は去りはじめ、幾らかの者たちは周辺の建物の陰に隠れて依然情景を見続け、女もそう。そこでは建造物の謎を解明するべく一個の運動を起こそうと団結を募る者もいれば各種の宗教書との関連づけを行い演説する者も、心の拠り所を求めて組合を結成する者も、延々と泣き崩れている者も。トイレへ行きたくなってどこかに都合のいい場所はないかと小降りの天使を避けながら散策しているとき、地面に溜まる白濁の液体とじゃれあう一人の青年の姿を視たのだ。女は、その男の容姿をひたすら心に刻みつける。ＴＴＴＴＴ °÷Õ≥¥ı°¢ ª˛¥÷§ ¨«˜§√§∆ §≠ §∆§§ §Î°£ ¡·§Ø∆…§‡§Û§¿°Ω°Ω∫¥«ÏΩ”«∑ °◊ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ¬Á∫Â§«§Œ ≈∑ π‚§Øø≠§”§Î∑ ˙√€ ™§Ú√Êø¥§À¬ÁŒ Ã§Œ ≈∑ ª»§¨ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ∆±ª˛∑ あのとき、どうして貴方は大阪にいたの、と女が江口由希に問う。二度目の撮影が始まる前の控え室でＭＲＶスーツをすでに着用してから。冷たい瞳で。リリィ、と青年が答える、あの超高層建造物が立った場所には三〇六五階と錯覚される高層マンションがあってね、そこで俺はマニアから今つけてるのと似たスーツを頂く予定だったんだ、このからだと引き替えに。数分後、撮影ルームで、呼びだされた二人が皮膚呼吸できるビニール状スーツに全身覆われた状態で白濁のエンジェルティアーズによるビニールメッシープレイを。顔面もビニールに覆われて皮膚感覚が鋭敏になっているその上を液体化したビニールがどろどろと流れていく。ビニール越しに肌と肌が触れあい混ざりあい　苦しい呼吸とともに失われていく意識、続く官能　互いの荒い呼吸も融合、視界も暗い、もしくは微かな光の数々　時間感覚がぐにゃっとねじ曲がり快感も自我も水平線なき時に溶けあい、幾度も喘ぐ、喘ぎが重なる、ぐちゃぐちゃの液体そのもの　始終ひんやりしている　化合物　死　生　脳に詰め込まれる肉　循環
男が撮影の間いくどもイく　ビニールをつたって全身に駆け巡るカウパー液　男根そのものとなる
女が撮影の間中イき続ける　すべて体液と混ざり　子宮そのもの　にもかかわらず　ペニスとヴァギナが二重のビニールによって遮
ぐたっとした二人のからだから皮膚呼吸可能ビニールスーツが外され、大量のぬるい水によって白濁の液体ビニールが遠ざけられ、二人に呼吸装置がとりつけられる　由希、大丈夫か、という声が自分に向けられているかのように錯覚し、女は、え？　うん、大丈夫、と答える。

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カフェでお茶する二人。由希くん、わたしのこと、由希って呼んで。リリィなんて所詮モデルの仕事で与えられた名前だから。わたし、親族も失ったし、でも、その元凶に対する何らかの活動に参加しようとも思わないの、できれば死にたい、流れて溶けていくように。

青年が薄暗く、だがまだ少し明るい空をそっと首の角度で示していう、ほら、見てみなよ、かすかに四つの月が浮かんでいる。•Ô•§§ÿπ‘§±°¢§»∏¿§√§∆§§§ø§¨°¢§¢§Ï§≥§Ï§»º´ø» §À∏¿§§Ãı§Ú∫Ó§Í§ §¨§È∑ Î≤Ãπ‘§´§ §´§√§ø§≥§»§Úø∂§Í ÷§√§∆§‚¿‰¬–∏Â≤˘§∑ § §§°£§ §º•Œ •Ô•§°©°°∂≤…›§«¥È§¨¿ƒ§∂§·§Î°£ ¿ƒ«Ø§Œ §Ω§Ï§´§Èøø§√≈ˆ§
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なんとなく理解したの、貴方、物心ついたときから、親族がいないのね。
うん、神もいない。
神々も。
そう。

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ばさばさと床へ落ちていく小説の紙束

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ºÍ§Àø®§Ï§∆°¢•¢•◊•Ì°º•¡§Ú§´§±§Î°£ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ
指輪のあとが二つある男と、黒いフードの男が無言で対峙している。
同時月食によってそのすべてが赤い。
この次元の狭間はおそらく四つの月が浮かぶ現実世界の影で、その世界の赤さが薄らと重ねられている。
向こうではまだ新たなタウ十字は立てられていない。
薬指に純金のペアリングが二つとも嵌められている男が漆黒の超高層建造物に凭れかかり腕を組んで同時月食を眺めている。
佐伯さん、と背後で呼びかけられる。会社の同僚の女。
だが、この二人は互いに恋に落ちあっていない。ただ、天使の落下を眺めているのみ。
この世界は終わるのかな。
俺たちには関係のないことさ。世界はいつだって、俺たちとはまるで関係のない動力で動いている。
昔つきあってた男に言ったことあるの。まだ東京にいた頃。自分とは逆の〈Ｎ〉を持った人に出会えたら、生きながら天国に行けるって。
男が瞳孔を開いて女に視線をやる。
沈黙ののち、男が、つまり俺たちは同じタイプだから、決してともに天国へはいけないってことか。
今、かつての奥さんはどこで何をしてるの？
同時月食が徐々に消え、元の四つの月に戻っていく。闇のかかった三原色の世界が垂れ込め、そのヴィジョンがかぶさるところで黒いフードの男の姿が消える。指輪のあとが二つあるダークスーツの男が立ちすくむ。どこか、江口由希のいる場所へ！　超高層建造物のふもとへ。源氏名リリィこと江口由希がうずくまっている。まるで棄てられたゴミのように微かな息だけをしている。最終電車に間に合うように立ち去った会社の同僚の女を見送り、一人踵を返し歩いている純金のペアリングの男が、やがてうずくまり自失している女に気づく。この建造物が原因で親族を亡くした女だろうと高を括り、そっとその真横に腰掛けリトルシガーをとりだし火をつける。背後、指輪のあとがある男が音も立てず、横切るように歩く。ペアリングの男が背後の男に気づく。その姿形は生き写しのごとくそっくりでその指に純金のペアリングこそないが、それが嵌められていたかのような形跡がくっきりと見える。うずくまる女を挟んで二人が対峙し、聳えたつ超高層建造物による大きな影のなかで凍りついている。建造物の向こう、空に浮かんで照り輝く四つの月による強い光彩。指輪の男が女に触れる。ともに天国へ行こうか。それを見た男が、動揺し、口を開く、俺たちに、救いはあるのか？　立て続けに、天国だって？　神の啓示を信じるのか？　すぐに理解できた、俺たちは一つだから知ってる、佐伯、おまえは過去に一度だって結婚したことがないだろう、それは、別の次元の話、おまえがかつて夢で見ただろう月が一つしかない世界に住む男の話だ、男の背に無数に刻まれたタウ型の十字架から血が滲みだしダークスーツのインナー、ホワイトカラーのシャツを赤く染めていく。足元まで滴る黒い血。ペアリングの男がいう、なるほど、佐伯、だがね、俺はまだ口もきいていないこの女に、さっき恋をした、見ろ、天使の落下だ、佐伯、我が身に迫りくる恋路の邪魔をするな！　同じ場面でうずくまる女の手を男が握りしめている。今その二人だけが四つの月に照らされた超高層建造物の真下で、白濁の落下に目をやっている。

ＴＴＴ §»§≥§Ì§«°¢ §Ω§Œ √À§ Œ §´§È§¿§Œ •¢°º•»§¿§Ì§ ¶§´°£§‚§∑ §Ω§¶§ §È¿©∫Óº‘ §¨§§§ §Ø§∆§‚•¢°º•»§Œ ¬∏∫ﬂ§π§Î§≥§»§À§ §Î°£ §«§Œ •¨°º•«•Û•™•÷•¥•√•…§À§¢§Î¥ÒÃØ§ •–•È•Û•π§«– §‡¥‰§Œ •¢°º•»§ §Œ §´°£…ŸªŒ ª≥§Œ •¢°º•»§´°£§Ω§Û§ §Ô§±§¨§ §§°£ §Ê§®§ÀøÕ§¨≤ø§´§Ú∏´§∆•¢°º•»§¿§»¥∂§∏∆˛§√§ø§»§∑ §∆§‚°¢§Ω§Œ ¥∂æ§Ú ®§≠µØ§≥§∑ §ø≤ø§´§¨•¢°º•»§«§¢§Î§Ô§±§«§Œ § §§°£ ¿ƒ«Ø§¨¥∂∆∞§∑ §ø√À§Œ §´§È§¿§Œ •¢°º•»§«§Œ § §§°£ §«§Œ § §º§Ω§Œ √À§Œ §´§È§¿§»¿ƒ«Ø§Œ ¥÷§À•¢°º•»§»§§§¶Õ◊¡«§¨∫π§∑ ∂¥§ﬁ§Ï§ø§Œ §´°£ ¿ƒ«Ø§Œ ∞µ≈›§µ§Ï§∆•Œ •√§»§∑ §ø§Œ §¿°£øÙ¬ø§Ø§Œ √À§Œ ÕÁ§Ú∏´§∆§≠§øÀ∞ø∏§À§Ë§√§∆∂ˆ»Ø≈™§À•¢°º•»§¨¡Œ ¬§§µ§Ï°¢§Ω§Œ ∑ –∏≥§Ú¿ƒ«Ø§Œ §¢§»§´§Èƒ…§√§ø§Œ §¿°£ ∫«∏Â§Œ »’ª¡§Œ •¢°º•»§´°©°°§Ω§Ï§Œ ø¶øÕ§Œ ª≈ªˆ§«§∑ §´§ §§°£•≤•Î•À•´§Œ °©°°•¶•©°º•€•Î§Œ •ﬁ•Í•Í•Û•‚•Û•Ì°º§Œ °© •¢°º•»§»§Œ ÃÚ§ÀŒ ©§ø§ §§§‚§Œ §¿§»∏¿§Ô§Ï§Î°£§‚§∑ §Ω§¶§ §È•¥•√•€§Œ §“§ﬁ§Ô§Í§Œ •¢°º•»§«§Œ §

どこかで運命のリングが壊れそれがあったはずのところに白濁の影が射す

§§°£…Ù≤∞§Àæ˛§È§Ï§Î§ø§·§À≥®≤Ë§Œ §¢§Î§Œ §¿§´§È°¢≥®≤Ë§Œ §π§Ÿ§∆•¢°º•»§«§Œ § §§°£•—•÷•Í•√•Ø•¢°º•»§»§∑ §∆∏¯±‡§ÀŒ ©§∆§È§Ï§øƒ¶πÔ§Œ §π§Ÿ§∆•¢°º•»§«§Œ § §§°£§Ê§®§À°¢•¢°º•»§Œ ÃÚ§À§‚Œ ©§ƒ°£ •¢°º•»§»§Œ ∑ Ï±’∑ øø«√«§Œ §Ë§¶§À≈˝∑ ◊Œ ¿§«∑ ◊§È§Ï§∆§§§Î§À§π§Æ§ §§§Œ §´°£§§§‰°¢•¢°º•»§Œ ∏Ωæ›§«§¢§√§∆°¢•‚•Œ §«§Œ § §§°£ ¿ƒ«Ø§Œ •¢°º•»§Ú¥∂§∏§ø√À§Ú∏ƒºº§Àæ∑ §§§∆•ª•√•Ø•π§π§Î§¨°¢•¢°º•∆•£•π•»§Œ •¢°º•»§»§»§‚§À°¢•ª•√•Ø•π§Œ ¬Â§Ô§Í§À¿©∫Ó§Ú§π§Î§À§π§Æ§ §§°£ ¿©∫Ó∆∞µ°§»∑ –∫—∏∂Õ˝§Œ ¥ÿ∑ ∏§¨∂·§§§€§…§Ω§Ï§Œ æ¶∂»•¢°º•»§«§¢§Í°¢§Ω§Œ µ˜Œ •§¨Œ •§Ï§Î§€§…•’•°•§•Û•¢°º•»§»§ §Î°£ ¿ƒ«Ø§Œ •Œ •Ô•§§««‰§Í¿Ï§Ú§∑ ¬≥§±§∆§§§ø§¨°¢∫£°¢∆˛æÏŒ ¡§¿§±§Ú ß§√§∆»‡§»∆±§∏Œ ©§¡∞Ã√÷§Œ ∞Ï»Ãµ“§»«Æ§§•ª•√•Ø•π§Ú§∑ §∆§§§Î°£ ¿ƒ«Ø§Œ «æŒ ¢§À§Œ §Ω§Û§ ∑ øß§Úπ‚≥€§««‰§Í§µ§–§Ø§ø§·§À•”•«•™•´•·•È§«±«§∑ ¬≥§±§Î≤øº‘§´§Œ •§•·°º•∏§¨§Ë§Æ§Í°¢§Ω§Œ §ø§”§À«Æ§§•≠•π§Ú§π§Î°£

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まだ大阪で新たに多くの天使が降り始めたばかりの頃、銀座のとある素描展で、その作家と同一の名を名乗る二人の男が、江口由希と出会う。夥しい数の小説がプリントアウトされた紙束をその作者からかつて現代アーティストのようでもあった江口由希は直接受けとり　作者は終始敬語だが神戸弁を思わせるイントネーション　物腰柔らかく　肩ほどまで細い髪がありゴム製のネックレスをさげ　連れ立っている男も素描展の作家と同じ名前　西村清文だという　素描展の作家は展示最終日を終えても姿を見せなかったが　あのとき　空間そのものをその作家と同等のものと捉えるなら　三人の西村清文が展示会場に存在していたことになる　この二人はもう一人の　つまり四人目の西村清文を追ってここへきたという　他にも奇妙なこと　この世界ととても良く似た世界が無数にあり　自分たちはそのなかの一つ　月が一つしか浮かんでいない世界からきたのだと　受けとった小説には無数の江口由希が　後日また落ちあう　江口由希はyoutubeで見た火柱を思いだす　テレビでは報道されなかったが素描展と同時期に大阪では超高層建造物が現れ　大量の天使が降り　数日大阪湾の方で幾度も火柱が　もう一つ　そのテレビモニターから指輪のあとがある男が突然背後に現れただろう　江口由希と名づけてきたが　確かに昔俺は江口由希だったし　今もまた江口由希だ　二度も　稀少性の高い　銀座のとある素描展で四人目の西村清文について聞かされる　その男によって無数の並行世界が結ばれたのだと　あのときから何度も二つの世界を往復している　そういったことを神戸弁まじりの敬語で話してくる　以前指輪のあとがある男に託されただろう　超高層建造物のもとへ行けと　少しずつ江口由希ではなかった時期の記憶が薄れ　ずっと昔　江口由希だったときの記憶に侵食されていく　その内容がはっきりと思いだされたのは天から一体の死体が降ってきたときだ　明らかにどこかで命の絶えた江口由希が死体となって降り　死姦に励む　かつてもそうだっただろう　江口由希……と冷たい頬を撫でながら江口由希がいう　死体は大阪で天使の水溜まりに投げ棄てられる　超高層建造物のふもとで世界が凍るのを知る　優秀な江口由希だなと背後で男の声　江口由希はどいつもこいつも滅多に従わないが　死体の山に腰掛けて四つの月を遠望しながら遠くの火柱を幻視する　空から死体がどさどさ降ってくるすべて江口由希数多くの死体を相手に乱交　一時間ほど歩き街へでる　日常的光景　さらに延々歩き西成の宿に泊まる　通路ですれ違う外国人バックパッカーたちＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ ¿ƒ«Ø§Œ •–•§•ª•Ø•∑ •Â•¢•Î§«°¢•Œ •√•∆•ÛæÏ§«SＴ S§«∑ «º®»ƒ§«∏¯∂¶∂Ë∞Ë§«√À§Úµ˘§Í°¢•—°º•∆•£°º§‰•–°º§‰Œ ©æÂ§«Ω˜§Ú√µ§∑ •§•Ÿ•Û•»§‰•”•«•™•‹• √•Ø•π§‰±«≤Ë¥€§«Ω˜¡ıª“§ Úø©§¶∆¸°π§Úª¿¡«§ Úµ€§¶§Ë§¶§À¡˜§Í¬≥ §±§Î°£∆ÛΩΩ¬Â»æ§–§«°¢§´§È§¿§Ú«‰§Î§≥ §»§«º˝∆˛§Ú∆¿§Î°£¡¥ø»§À∏´§®§ §§°Ô§¨πÔ§ﬁ§Ï§∆µ◊§∑ §§°£§¿ §¨°¢µ§§À§ª§∫°¢•™°º•–°º•Ï•§§«ºÿ§¨…¡§´§Ï§ø•∑ •Î•–°º92 5§Œ ªÿŒ ÿ§ÚÀ·§Ø°£ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ男はかつて江口由希としてアーティスト活動のようなことをする前の自身の記憶をたぐり寄せられない　アーティスト活動期間中は彼を江口由希と名づけたアーティストの言われるがままに演じあるとき死体と巡りあったのだ　名義を棄ててごく普通の雇われ生活をしながらときおりＳＭの集いに参加するそんな一度江口由希を棄てた日々もまた記憶の彼方へ消え　再び江口由希となり彼は仕事を棄て　半年ほどもつだろう預金を持って旅費が安くつく西成で　教会の側でパンを　マクドナルドで買ってきた客寄せ用セール安いハンバーガー薄っぺらい　降る天使もここでは不穏　まるで神が死んで一斉に天使が投身自殺してるよう　人に騙され欲望が管理できず笑顔で金を盗まれ天災で平和を奪われあちこちで殺傷事件が起き発砲音と悲鳴が聞こえ積み重ねた景気は政治家の一声で掻き消え命は売り買いされ恋人を寝取られ弾のように扱われあるいはそのように両手を血で濡らした記憶群総体の街で神をついに幻想としてすら望めないならば　バリケードが施された警察署の前を歩きまたしても死体が降るのを待つ　きっとどこかでまた江口由希が死ぬ
§§º°∏µ§Œ ∂π¥÷§À∏Ω§Ï§Î°¢•∆•Ï•”§¨•«•∏•ø•Î§ÿ∞‹π‘§π§Î¡∞§Œ •∆•Ï•”•‚•À•ø°º§´§È•∆•Ï•”•‚•À•ø°º§ÿ»Ù§”∞‹§√§∆§§§ø§¿§Ì§¶°¢«ÿ√Ê§Œ •ø•¶ΩΩª˙§Œ …¥§Ú±€§®°¢§Ω§Œ øÙ§¿§±πæ∏˝Õ≥¥ı§»∏∆§–§Ï§ø∑ –∏≥§Œ §¢§ÎøÕ ™§Ú√µ§∑ §¿§∑ ≤˛§·§∆Ãæ§≈§±§Î§≥§»§«§Ω§Œ πÔ∞ı§Úæ√§∑ §∆§§§´§ §±§Ï§–§ §È§ §§§¨°¢¿§≥¶§¨Ã«§÷§¥§»§ÀΩΩª˙§Œ §π§Ÿ§∆…¸≥Ë§π§Î°¢§Ω§Œ ∞Ï ˝§«•⁄•¢•Í•Û•∞§Œ √À§¨ø∑ §ø§ Œ ¯∞¶§Ú§∑ §∆§§§Î°¢§Ω§Ï§¨ ¯§Ï§Î°¢∆±ª˛§À∆Õ¡≥√À§Œ æÂ§À•ø•¶ΩΩª˙§¨Œ ©§¡°¢ªÿŒ ÿ§Œ §¢§»§¨§¢§Î√À§Œ «ÿ§À§µ§È§ §ÎΩΩª˙§¨°¢§‰§¨§∆ªÕ§ƒ§Œ ∑ Ó§¨∆±ª˛§À∑ Óø©§»§ §Í°¢πı§§•’°º•…§Œ √À§¨º°∏µ§Œ ∂π¥÷§À∏Ω§Ï§Î°¢ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ §¢§Î§»§≠°¢ø∑ ¬Áµ◊ ›§Œ ∞Ïºº° •®•Û•∏•ß•Î•Î°º•‡°À§ÀΩ∏§ﬁ§Î√¶≈∑ ª»«…§π§Ÿ§∆§¨πæ∏˝Õ≥¥ı§»§ §Î°£∞Ï¿∆§Àæ√§®§Î«ÿ√Ê§Œ ΩΩª˙≤Õ°£ ∫£∆¸§Œ §Õ°¢§»•⁄•¢•Í•Û•∞§Œ √À§¨∂ÂΩΩ∂ÂŒ §…Õ§À§¢§ÎΩ…«Òª‹¿ﬂ§«¬¿ øÕŒ §Ú∞ÏÀæ§∑ § §¨§ÈΩ˜§À§§§¶°¢§»§∆§‚µ§ ¨§¨§§§§§Û§¿°¢§…§¶§∑ §ø§Û§¿§Ì§¶°£¡Î∫›¬¶§Œ •Ÿ•√•…§Àπ¯≥›§±°¢•¨•¶•Ûª—§«Ω˜§Ú ˙§§§∆§§§Î°£ºÛ∏µ§À§Œ Ω„∂‚§¨∆Û§ƒÀ‰§·π˛§ﬁ§Ï§ø∫Ÿ§§•¡•Á°º•´°º°£Ω˜§‚•¨•¶•Ûª—°£πı§Œ ≤º√Â§Ú§Œ §§§∆§§§Î°£•·•§•Ø§Œ ÕÓ§»§∑ §∆§§§ §§°£•±•È•¡•Û•—

女の江口由希は、超高層建造物の麓、純金のペアリングをした男に持ち帰られることで九死に一生を得る。佐伯俊之はとっていたホテルをダブルに変え由希をベッドに寝させデスクで仕事。窓の外ではどしゃぶりの天使。何年も枯らした豆を手回しのミルで挽いていれた珈琲をグスタフスベリ社のドイツ製珈琲カップで飲みながらリトルシガーから漂うメープルアロマの香りを愉しみつつ。黒とシルバーの境界線に斜線が入ったロジクールのキーボードを慣れたブラインドタッチで叩きながら建造物のもとで現れた影のような自分自身にいわれた言葉を反芻している。翌日、住みついた江口由希と軽食をともにしながらその指先の剥がれかけているネイルに視線を。由希、きみが何者なのか知りたいから話すが、俺はかつて離婚の経験があってね、子供は作らなかったよ、そうなる前に破綻が始まったんだ、服飾関係の仕事をしてたんだが、分かるか、夢によって現実化、物語化されたのさ、その夢のなかの男の離婚経験に絡めとられたまま俺は取り返しのつかない時間を過ごし、生き続けている。例えようか、数えきれない数のキリスト教徒が、知りもしないイエスという男の磔を胸に刻み、それに規定されながら寿命とともに自らの上に十字架が立つ。本当か嘘かも分からないが信憑性のあるデータを信じ自らの直接的な経験ではない場合であってさえエコロジーに人生をある程度捧げる、遠い先祖の罪を背負って被害国の旅行者にやさしくする。夢じゃないのか？　夢であっても人は自らの人生をそれによって規定するし丸々人生を終えたりもする。なら、俺も、一度離婚経験を持った月が一つしかないような想像もできない世界での一連の夢に規定されて延々出会いと別離を繰り返していてもおかしくはないだろう。運命、それは神と同義だ。茫然自失としたまま江口由希が手許の食事に手をつける。この女はきっとあの超高層建造物によって親族を亡くしているが、それは女の口から切りだされる重要なときがくるまで待っておきたいと男は思う。男は旅行を提案する。二人の間に余所の土地が挟まり、その土地への愛を直感や知識によって示すがごとく語ったり、ただ景色を介して沈黙を横たわらせたりしていくうちに関係というものは狭まるのだ。だが、ある晩、唐突の質問、いわく、貴方にとって女って何？　男にとって会話と呼べる江口由希の第一声。彼女にとって生きた心地のしない何十時間を経ての意識的な声。今の佐伯俊之の基盤としてある夢の情景に亀裂が入り、その鏡の向こうにある青年期の彼の姿が影のようにして垣間見えかけるが、リトルシガーからの煙を口からこぼしながらいう、俺は、きみが知りたい、恋してるから、由希、俺が恋する女には共振するだけの理由が必ずある、それは謎があるから恋してるんじゃなく、そういいながら窓の外の天使の落下に目をやる、一緒に天国から堕ちたい。女が答える、あたしには何もないよ。女の心臓が揺れる。はっとしてかわいらしい表情でにやっと笑い、天使に目をやる、女がいう、エンジェルティアーズって知ってる？　戸惑う男をものともせず、あたしの性癖なの。˝§À∂ΩÃ£§¨§¢§√§∆∞ÕÕÍ§Úºı§±§ø§Œ §Ë°¢§»§§§¶°£ ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ
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時間とともにエンジェルティアーズは消滅していく。外気に弱い。
八十年代後半にムーントリップという流行があったのを思いだした、と男がいう、あれは四つの月がもたらす精神的効用だが、天使にもそういった特別な効用があるのかな、何だろう、久しぶりに若返った気分がする、この世界も意外と悪くないな。
女がちらと男を見る。
どうしてこの建物は報道されないし解明もされないの。
傷つけることもできないし透視もできない。天高く伸び、地中深く、グーテンベルク不連続面より深く、レーマン不連続面よりも深くコアまで続いてるそうだ。高さは百キロ以上もあるらしい。つまり大気圏さえ貫いている。というより、もはや地球に突き刺さってると表現すべきだろう。建造物だから内部に階層があると推測できる。とするなら三万八千階建て以上の建物だ。それがあの三月十一日に一夜で現れたわけだ。数日火柱が大阪湾の方角で起こり、今でも天使が降り続く。俺は由希と出会う前にちょっと調べてみたんだが、これくらいのことしか分からない。
女が男の左手をつかみあげてその薬指にはめられてあるペアリングを眺める。
沈黙が起こる。
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死に彩られた青年がエンジェルティアーズプレイの行われていた場所へ帰ってきたとき二人はその場から離れようとしている
だが男のペアリングをじっと見つめる　それが太陽の光を反射している
突然現れた指輪のあとがある男と瓜二つ
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まだ寒い時期だが白浜で海岸沿いに座り海を眺めている二人。大阪から東京へ　スカウトされモデル事務所に所属したとき女はまだ夢のための資金　今出会って間もない男に肩を引き寄せられ　失った両親のことを　兄弟のことを　女はやっている仕事内容とは裏腹にいつか誉められたかったように思う　遡り　家族ともども地方から大阪へ引っ越してきたばかりの頃の景色　晴れているせいか北北東を仰げば雲の上まで突き抜けている細長い棒状の線　気怠い　私って何の夢を抱いて東京にでてきてたんだっけ？　白浜の夕暮れ。向こうに見える円月島だけどね、潮がひいているときは歩いて渡れるらしい。丸みを帯びてくっつきあったような心に染み入る小さな島だな。白浜には自殺の名所もある。三段壁という早い海流が真下で荒れる切り立った垂直の崖だ。そこには展望台や洞窟もあるから行ってみたい気もするが、横丁のような温泉街もある。今晩はその近くで宿泊するから

静かだな
そうね

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江口由希は超高層建造物の真下で男女二人を見かけて以降も西成のゲストハウスに泊まっては大阪環状線に乗って天満で降りると数十分歩いて夜は超高層建造物付近を徘徊する　外壁に沿って延々歩くと一時間ほどで元の場所にたどり着く　建物の外周五メートルほどは若干の凹凸がある剥きだしの地面だがそれを境界にし住宅が建ち並ぶ　境界線上にある住宅はレーザーで切りとられたかのように分断され　室内があらわになっているが　今は仮設住宅の代わりに使用されている　超高層建造物の出現区域になんとか入らなかった住宅の住民たちも多くは治安の悪さから移転を望んでいる　治安が悪いと言っても不気味なことに派手なことは起こらない　だが江口由希は東京行きの高速バスのなかで不穏なムードを持った二人の男をあるとき見かけたことを忘れられない　気づかれていなかったため寝そべって話を聞いていたが一人は池袋でモデル事務所を構える男で一人は背の高い営業マンのような男で　撮影のための下見にきているようだったが　まるで大勢の人間を土足で踏み渡ってきたかのような会話に身震いがして東京へ戻ろうと思うに至ったのだ　東京で江口由希は誰かに操作されるように生きそれを心地良く感じていたかつての江口由希を思いだし自らの写し絵のような死体に遭遇し死姦に励んだマンションの一室の光景を思いだすがカフェで静かにマドンナのライスラボニータが流れてきたからだ　かつて魂を売ることで江口由希となったはず　二度目の江口由希を生きるという自らの経験のなかに比較対象を持つ条件ではあるがすでに魂は売りさばいたあとでなにを選択し歩もうが実感はない　自由意志とは手のひらからこぼれ落ちる砂のようで　大阪で不穏な男二人を恐れたのはどんな凄惨な内容であろうと受け入れる態勢がすでにできていたからだ　東京に着く前の夜行バスのなかで薄らと浮かぶ四つの月が徐々に赤く染まり　同時月食　池袋を歩く　超高層建造物の周域で見た二人の男が気になるからだがここは裸眼ではまともに目が開けられないほど光彩のきつい区域であるため急いでコンビニへ駆け込みサングラスを買う　晩はビデオボックスで眠る　食事は殆どとらない　ふらふらと通路へでて半開きのドアを覗き込むと女装者が空間を鮮やかにデコレーションして眠っている　テレビのある談話室ではやはり女装者が数人いてそのからだを狙う男が飲み物をおごって会話をしている　江口由希はまた通路に戻るがふいに男の気配を感じ振り返る　その男の左手には指輪のあとが二つ　語りかけられる前に　佐伯　大阪でおまえそっくりの男を見かけたが二度会えなかっただが望み通り超高層建造物には行ったよ次に俺は何をしたらいい？　男が、ここ池袋に左手薬指にシルバーリングを嵌めた江口由希がいる　昼までねばるんだな　その会話から十二時間近く経ってからのこと　確かに女装を口説きに江口由希が現れる　その指にはオーバーレイで蛇が描かれたシルバー９２５の指輪　二人は簡単に分かち合う　死に彩られた江口由希は出会った江口由希の部屋へ　壁には大きくプリントアウトされた鉄塔の写真がある　テーブルの媚薬的なラッシュの瓶とスポーツドリンクが注がれたグラス二つを置くさまを眺める　この部屋にくるための口実だ　死に彩られた江口由希はゲイでもバイセクシュアルでもない　だが代官山のビニール好きの江口由希が指令されていた鉄塔のもとへやってきただろう　さあ　次に俺は何をしたらいい？ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ •÷•È•§•Û•…§Ú≥´§±§Î§»ªÕ§ƒ§Œ ∑ ÓＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ床にまきちらかされた小説群を手にとる　西村清文作のまだ完結していない五部構成の長編「鉄塔周辺」を探しそれを　二人の目があう　自己紹介してもいいかな、池袋の由希クン、元アーティストの江口由希だ。シルバーリングをつけた江口由希は読書し続ける江口由希に愛想を尽かし、自らの部屋に彼を放ったらかしたままマンハントにでかける。ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ √À§¨≤ø«Ø§÷§Í§´§Œ ¬Á∫Â§ÀŒ ©§ƒ°£§Ë§Í∞Ï¡ÿ∂·¬Â≤Ω§¨ø §‡¬Á∫Â±ÿ§ÚºË§Í∞Œ §‡∑ ˙√€ ™§Œ ∞Ï§ƒ§Ú§Œ §ÚªÎ§ø§≥§»§¨§¢§Î°£§ﬁ§ø§Ω§Œ ª˛¥¸§¨§≠§ø§Œ § §È°¢¬Á∫Â§Œ §…§≥§´π‚µÈ•€•∆•Î§«Ω˜§»§Ω§Ï§Ú∏´§ §¨§È•∑ •„•Û•—•Û§«§‚∞˚§‡§Œ §‚§§§§§´§‚§∑ §Ï§ §§§»ª◊§¶°£ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴワンプレイをゲイクルージングで終えて帰ってきた江口由希に「鉄塔周辺」の内容を話して聞かせるが、たいして関心を寄せることなく男は蛇が描かれた指輪を黙々と磨き続ける。洗いざらしのカップにシナモンティーを注ぎ煙草を吹かしながらそれを飲む。それからようやく、俺はね、ずっとからだを売って生活してきた、以前はオワフ島で、今はまたここ池袋に戻ってきて、それで、最近知りあった乱交サークルの主催者が表の顔で始めた飲み屋を手伝うことになってさ、なら最後は自分自身にからだを買われて終えるのもオシャレかなと思って。俺とおまえは頭んなかも外見も似てないけど、それでもきっと本質は同型なんだろ？　一度も男との経験がないってさっきゆってたけど、いいじゃん、逆におもしろいじゃん、俺を一晩買いなよ。そういいながら左手薬指の指輪を伏し目でじっと見ている。俺は、と答える、アーティストという名目で昔ずっと買われ続けてきたように思う。そう。魂を売った人間はもうからだを売り続けるしかない。そうじゃなきゃあまりにも悲しすぎるだろ。若い頃は本当にアーティストになりたかった。魂から売るもんを発生させ続けるのがアーティストだろ。指輪を磨きながら、遠い目を見せる。おまえも、俺を買いなよ。

‚§Ïπ˛§·§Î°£¿æ∏˝∏¯±‡§ Œ ≈Ï¿æ§Àø≠§”§Î¿˛Œ ©§Œ ÀÃ§À∞Ã√÷§∑ °¢¿ƒ«Ø§Œ §Ω§≥§´§ÈæØ§∑ Œ •§Ï§øÀø•ﬁ•Û•∑ •Á•Û§Œ ∞Ïºº§«¬ÁŒ

翌日、指輪をつけた江口由希がアートのようなからだの男と深夜の西口公園で落ちあう。
そのとき、大量の皮膚製の￥がばらばらと降ってくる。

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あのとき、銀座の素描展で、かつて江口由希というアーティスト名義で活動していたことをギャラリーのオーナーと会話していたときに向こうから近づいてきた男たち、超高層建造物で見たペアリングの男、池袋で転がりこみそこで読んだ小説、貼られた鉄塔といった、指輪のあとがある男にとっては指令通りと見える行動は、この江口由希の心に刻まれた運命に反している。かつて江口由希という名義を棄ててその後の一般生活を棄て再び江口由希となった彼は、本来託された運命にのみ逆らい続ける。この二〇一一年、東京に天使は降らない。だが、彼のもとにはどさどさと死体江口由希が落ちてくる。それをつかみとり彼は一心不乱に性行為をし存分に戯れたあとマゼラングッズで購入したクイックエンジェルを一滴垂らし、消滅させる。

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代官山でＭＲＶスーツの手入れをしている江口由希が白濁の液体が入った小さな小瓶を鞄からとりだしクイックエンジェルだという説明をする。品川の例の事務所の編集長からお礼で何本かもらったんだ最近マゼラングッズで取り扱いはじめたらしい第一次天使落下のときに天使は生物ではないって研究発表もあったし遊ぼーよ久しぶりに。指先にとろりと流れる白濁の液体。江口由希はルームをシェアしてもらっている同居人と抱きあいながらエンジェルティアーズプレイに溶けていく。皮膚だけが鋭敏になり、仮死体験と戯れるのだ。天使がビニールであることなど遠い記憶の彼方へいってしまっている。かつて撮影で一緒になった女を思いだすこともない。この江口由希はジャンキーだ。探すまでもなく神などいない。代わりの神を脳内に作るという発想などナンセンスだ。神それは運命だから。動物への共感もない。種を残す本能が一欠片もないからだ。確かな自由意志もない。ましてや指令などまともに取り組めない。だとするなら、自らの感覚だけがすべて。それぞれの感覚によって結合され、物という物は神のように崇拝されることさえなく、きっかけにすぎない。物は道具にすぎない。–∏≥§ Úª˝§√ §∆§Î§ ´§ È§¿ §Ë°¢ø …§§¬Œ ∏≥§¿°¢§Ω§Ï∞ §∆§Ø§Ï§ø§Ë§Õ°¢ΩΩ¬≥§»§À∑Â§Œ ∫¢§À≤»§Ú»Ù§”§¿§∑ ªÒÀ‹ºÁµ¡º“≤Ò§Œ ¿Æ∏˘º‘§«§¢§Îπ‚Œ §Œ •µ•«•£•π•»§ø§¡§´§È§¢§Í§»§¢§È§Ê§Î•ﬁ•æ•“•π•∆•£•√•Ø§ π‘∞Ÿ§Ú«˜§È§Ï§ §¨§È§™∂‚§Ú∆¿§Î§ µ§§¨§µ§∑ §∆¿∞∑ ¡§∑ §ø§¢§»øÕ¿∏§Ú∞Ï≈Ÿ¿∂ªª§∑ §∆§∑ §ﬁ§√§ø§√§∆°£≤∂§ø§¡§Œ ª˜§∆§Î§»ª◊§¶§Û§¿§Ë°¢§≠§√§»°¢∞ÏΩÔ§À≈∑ πÒ§ÿπ‘§±§Î§Ë°£∆ÛøÕ§Œ Ã§Œ ∆¸§ÀªÕπÒ§ÚŒ π§∑ §∆§§§Î°£∆∂∑
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第一次天使落下と第二次天使落下の間には関連性があるのかという話題がインテリフェティシストたちによって夜な夜なとあるデカダンス指向のバーで繰り広げられている。肉と記号織り成す派手で狂騒満ち溢れていた八十年代も遥か昔のよう。皆退屈しているのだ。もしかすればただそれだけなのかもしれない。某国家公務員の二つに割れたペニスをボディピアスで繋ぎとめている男いわく第一次天使落下（ファーストレイン）が生じた直前、大阪上空で不気味な亀裂が見られたというが、セカンドレインではそういう現象が確認された事例はなかった代わりに例の超高層建造物が大阪に現れさらに大阪湾に火柱があったという。ファーストレインは全国的なものだったが数年で終了し、セカンドレインは大阪でしか降らないとはいえ最早終りが見えない、不規則だが現在も降り続いている。もちろんかつての天使落下にしても実際に降り終わるまでは同様の心境がもたらされていたのかもしれない。ファーストレインを噂でしか知らない者はそれが数日で終わったとイメージしてしまうほどだからだ。また、天使は一体どこから降るのか。ふっと大気中に生じるファーストレインに対しセカンドレインは天使層を形作る。このバーには品川でフェティッシュ雑誌を作るＶも訪れる。新しい号ではエンジェルティアーズプレイの特集が組まれたが、このバーの常連たちから当然なされる質問はそのプレイは果たしてファーストレインでも成しえたのかというものだ。そこから次のような天使比較の話題に移る。ファーストレインの天使は降り立ったのち揺れながら水蒸気のように消えていったが、セカンドレインの天使はその降水量ならぬ降天使量が圧倒的であることも強く指摘されるところだが、なによりも今回のものはどろどろと積り積もって一定期間とはいえ大地に蓄積する。編集長Ｖがそれを東京まで品質を維持しながら輸送しえたのもこのバーの常連たちの力添えがあったからだが、では果たして天使を用いた新しいプレイは仮にセカンドレインが完全に降りやんだとき、フェティッシュ界の伝説として語り継がれるだけのものになってしまうのか。さらにこのプレイには一つの大きなタブーが存在する。もし天使落下と超高層建造物との関連性が確かなものになったとき、手放しで楽しめるプレイではなくなってしまう点だ。だが少なくともこのバーではあまりそういったことが危惧されない。それに、とＶがいう、超高層建造物の被害者こそエンジェルティアーズプレイとの親和性がある可能性も拭い消せない。妊娠できないからだの女性がトータルエンクロージャーの指向者に少なからずいるということに似て、そもそもＢＤＳＭは虚数を埋めるものだから。俺の雑誌はだからひたすらクールでポジティブなものとして確信し続けていなければならない。だいたいだね、と某整形外科医がいう、ただでさえこの世界は滅ぶかもしれないというムードが若者たちの間だけに留まらず強まっているのだから、私たちパッションのある大人はね、きちんとそのムードを修正してあげなくてはいけないんだ。他にも、様々な憶測がなされる。セカンドレインと超高層建造物もしくは火柱との関連性への懐疑論があるように、ファーストレインと大阪上空の亀裂の間にも何の確証もないのだ。某宇宙工学博士は、ＳＦ的な仮説が業界内部で根強くあることを告げる。亀裂にしろ超高層建造物にしろ別次元との接触に関わっていることはその筋では半ば常識となっているのだが、とある次元には天使が息苦しく詰まった世界が広がっているのではないか、他にも、一面ゴムで覆われた世界の話など、ワンワールド仮説というものを設定するとかつての地下王国のヴィジョンにも科学的見地から新しい視点を注ぐことができ、まあひとまず面白いのだと。バーのマスターが話を聞きながら黙々とグラスを拭いている。この店のオーナーはフェチとは別筋だが日々運営しているのはラバーフェティシストの三十代の若い夫婦で、ただこの夫婦は自らのフェチ指向をとりわけアプローチしない。二人が二十代だった頃の噂は色々とあるがマスターに至っては同級生がオナニーを覚えるか覚えないかというような時期にムーントリップを愉しんでいたという。もちろんフェチの目覚めはもっと前だ。バーには名高いドラァグクイーンが週に一度の出勤でスタッフとして働いている。夜な夜ななされる会話の収穫を店が率先して我が物とすることもないため、まるで十時間延々ゴムと戯れるかのごとくだ。ＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴＴ πæ∏˝Õ≥¥ı§¨ª£±∆•π•ø•∏•™§«•‚•«•Î§Œ Ω˜§»•®•Û•∏•ß•Î•∆•£•¢°º•∫§À§Ë§√§∆≤ƒ«Ω§À§ §√§ø•”•À°º•Î•·•√•∑ °º•◊•Ï•§§Ú∑ ´§Íπ≠§≤§∆§§§Î°£ª®ªÔ°÷Lucid SkiＴ °◊§Œ º°πÊ§Œ ∆√Ω∏µ≠ªˆ§Œ §ø§·§À ‘Ω∏ƒπ§«§¢§Î£÷§Œ ªÿº®§Œ §‚§»§«Õ•Ω®§ ª£±∆•¡°º•‡§¨ø∑ §∑ §§•◊•Ï•§§Ú§§§´§À∆…º‘§ÿ≈¡§®§Î§´ªÓπ‘∫¯∏Ì§Ú§∑ § §¨§È•∆•Ø•À•´•Î§À∆ÛøÕ§Œ •Í•¢•Î§ •◊•Ï•§§Úµ≠Œ ø§∑ §∆§§§Ø°£§»§Ì§»§Ì§»»©§Ú≈¡§¶•”•À°º•Î°£§∏§Û§Ô§Í≈©§ÍÕÓ§¡§Î°£◊Úπ˚§»§∑ §ø≈∑ ª»§Œ ∏˙≤Ã°£§…§¡§È§Œ Œ ”§ §Œ §´§‚ ¨§´§È§ §§§ﬁ§ﬁ¥÷§«ÀÏ§Úƒ•§Í§¢§¶°£»È…Ê§«Œ Æ§Ï§Î•”•À°º•Î§Œ æÂ§Ú§µ§È§ÀŒ Æ§Ï§Î•”•À°º•Î°£¿—§ﬂΩ≈§ §Î•”•À°º•Î°£∞Ï¬Œ ≤Ω§∑
喧噪と大勢による雑踏。純金のペアリングをつけた男とショートでアッシュカラーの髪の隙間からピアスがちらちらと見える女が渋谷のスクランブル交差点を慣れた動作で人をかきわけながら渡っている。女、江口由希は、以前よりもずっと笑顔だ。その背後に、指輪のあとがある男が現れる。佐伯、と自らの名でもある言葉を呟く。俺の背に刻まれるタウ型の十字架の数から分かる、おまえはそうやって二人だけの幸せを丁寧に作っているかに見せて突然恋愛を終えて、そんな馬鹿げたことをもはや永遠と呼んでもいいが似たような時間軸を往復することを可能にし、実に百年以上も繰り返しているんだな。
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そして　ゆっくりと世界が赤く垂れ込みだす
また、同時月食だ
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ゴムのように真っ暗な室内の壁に一つだけ設置されたランプが揺れる　そんなふうにして　指輪のあとがある男の背後に　黒いフードの男が現れる

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そう
そう　とても自分本位だと思っている
由希って名づけられる前はねリリィって呼ばれてたの
同時月食だ
そういう誤摩化し方ってあるんだ
去った方が良い　俺とともにタウ十字の串刺しになるから
どうでもいいのよ別に　それはそれで
尋ね返してもいいか？　女にとって男っていうのは何なんだ？
ねぇ　いつ十字架が落ちてくるの？ねぇまだ？

早く

貴方はどうしようもない人だってあるときに気づいたから恋をしたの　だって　何をしたってあたしに価値が生じるからさ

もう身を売るのは嫌なのよ　コンドームみたいに間にお金が挟まるのが嫌なの　飽きたの　つまんないの
リリィは風俗嬢だったのか
似たようなもんかな
由希は何だ？
さあね

ほらぐだぐだになっちゃった

こんな別れ方でいいの？

だが江口由希は目に涙を浮かべている
佐伯俊之はその細いからだをうっかり抱き締めてしまう

そして二人の上に突然タウ型の十字架が立つ。
タウ型の十字架が天からバラバラと落ちてくる。それは指輪のあとがある男の背に無数につけられていたはずの十字架だ。
男と女がいまだ手を繋いで地面で寝そべっている。先に女が起き、男の顔を上から覗き込む。
由希、と男が呟くが、
祥子っていうの、ほんとは。
二人の背後にもう指輪のあとを持つ男はいない。しかし、黒いフードの男が影のように立っている。

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黒いフードの男が九十年代後半の日本の地に降り立つ　フードを脱ぎ棄て白い皮膚をあらわにする　左手にペアリングのあとが焼きついてﬁ•º•È•Û•È•«•£•®°º•∑
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フードが風に流され　その反動のように大阪上空に亀裂が入る　そのときだ　日本全国に天使が落ちてくる§Ø¬‘§√§∆§§§Î°£Ω˜§Œ ≤º√Â§Ú
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佐伯俊之が女の細いからだとどこかしら上品な指先で薄いフェティッシュ雑誌をめくっていく様をじっと見つめている。男にとって脚にまとわりつく波打ち際からさらに一歩二歩と水平線へそして腰ほどまで液体に飲み込まれた体験は初めてで、そういった心の未知にさえ側にいる女に投影している。ループが断たれもはや取り返しのつかない時が刻みだしたのか。繰り返し時空を越え百人以上の女たちと一期一会でない恋愛という場を過ごしてきた記憶。男はときおりこれまでになかった夢を見る。インターネットが日常化する前の押し寄せてくるごつごつした情報が東京に渦巻いていた時代の気配。九十年代後半からゼロ年代初頭だろう。メランコリックであるよりかはスキンに包まれていないエネルギーが交差しすぎて立体を超越し四次元が垣間見えそうな世界で白い皮膚の男が金銭を得るために複数の女たちと会い続けている。プロフェッシュナルな仕事だが当人にその自覚はない。呼吸という高度な技術を眠っている間でさえこなし続ける天性のような自然さでそれぞれの女を扱っている。その夢では幾たびか天使が降る。それは今の天使とは違う。ごく少数、一体一体降り立つように、そしてゆらゆら揺れて消えていく。白い皮膚の男は、佐伯俊之とは似ても似つかない姿をしている。目覚めると側にいつもの女が寝息を立てていて、純金のペアリングの男はそっと口づけをする。もしこの女に今後規定されて生きる運命だというのなら、愛は、神と同義だ。

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数時間前、氷見祥子が男の細い左手薬指に両方ともはめられたペアリングをじっと見つめている。エンジェルティアーズプレイはそう簡単に行えるものでもないため代用として食材から塗料まで様々なメッシーを試みていくうちにフェティッシュ雑誌「Lucid Edition」の最新号が発売されたことに気づき、初めて愛読者のごとくフォームを本名で入力し通販購入する。ヤマト運輸で届けられたその雑誌を男の傍らで眺めながら、リリィが写されたページを。男性モデルと絡んだプレイの光景がエロチックすぎずデザインすぎずひたすら切りとられたセクシャルな情報としてクールに数点使われている。三十ページほどでオールカラーＡ４サイズの薄い雑誌でしっかりとしているが硬質ではない紙質。女は思う、考えてみればリリィの仕事はこれまで例外なくフェティッシュなものではなかったと。リリィの表情は天使に埋もれてほとんど見えない。皮膚が強調された写真。氷見祥子は超高層建造物の出現によって失った家族やかつてのリリィの記憶から切り離された断崖からペアリングをはめた男の側へすでに地を蹴って飛んだのだ。風は強いのかもしれない。心細い足元に一切大気しかなかった短い時期の頭にあったばらばらのリアリズムも遠く霞んで見えない。側にいる男と出会った頃の自分はもう女の内側にはいない。ねぇ、と男にいう。それに反応して目線を向けてきたのを察しただけでそのまま言葉を継がない。側のペアリングにそっと視線を落とす。

百年以上の時空を循環し続けた記憶が、男の皮膚にびっしりと刻み込まれている。その上を、白濁の天使がとろりと一筋流れていく。

LOST DEITY

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